マトゥーバのありふれた生活

題名は三谷幸喜さんの「三谷幸喜のありふれた生活」によっています。

もう雪にときめくような人間ではなくなってしまったのだ。

「ふーん」朝。部屋のふすまを開け、目の前に広がった雪景色を見たときの自分の気持ちの冷めように私はそうがっかりした。

「雪が降ってる!」明るい声で家を出た妹を横目に私は黙々と登校する準備をしていた。

小田原は海が近いのでそうそう雪が降らない。明日は関東全体に雪の予報が……と言っても大体小田原では雪降る降る詐欺になる。

マトゥーバ on Twitter: "小田原は雪降る降る詐欺だからよろしく"

降っても雪みたいな雨だ。だから、この雪らしい雪と生垣に少しずつ積もり始める白い衣が、それも11月に見れるのはとても珍しいのだ。(それなのに私の心は雪に惹かれない……)

マトゥーバ on Twitter: "降っててウケた"

そんなことを考えつつ靴の中に入る冷たい水に虐められた踵を引きずりながらようやく学校に到着する。

今日は一限が空きコマだったので教室には向かわず表にあるベンチに座ってなんとなくふわふわと舞う雪を眺めながらぼんやりとしていた。

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ぼんやりと眺めていると雪がちらちら舞っている。

ぼんやりと眺めていると雪がうきうきと踊っている。

ぼんやりと眺めていると雪がにこにこと笑っている。

気が付くと私はスノードームの中の住人になったみたいな心地になっていた。

スノードームの中からの景色はもしかしてこんな風なのか。雪とはなかなか縁のない私はそう想像してわくわくしていった。

わくわくした気分のまま立ち上がってうすらと地面に積もった雪に足跡をつけていく。

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まだ誰にも汚されていない微かな白に自分の跡を残すのは楽しかった。見知った学校内を歩いているのにまるで未開拓の土地に足を踏み入れているみたいで、私はスノードームの中で探検隊のキャプテンになっていた。(隊員は全1名)

ずんずんと歩く、歩く、歩く。傘は刺さなかった。楽しくて学校の側にある慰霊塔にも足を運んだ。

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気がすむだけ歩くと、私は自分の来た足跡とは反対にまた歩き出した。学校に戻らないと二限目に間に合わなくなってしまう。

全身雪だらけで踵なんか登校時の比べ物にならないぐらいに痛かったけれど頬は自然と熱かった。

その後びしょびしょに濡れた私を見て友人は「萎んだ?」と聞いてきたけど、心は膨らんでいた。スノードームの中で雪にときめいていた時間はここ数ヶ月でいちばん楽しかったのだ。今日雪が降って良かった。今日じゃなければ私はときめきをひとつ失ったままだったのかもしれない。

満足してそのまま一日を終えた。良い一日だった。

ただ雪のときめきはスノードームの中だけでなのか、昼休憩に友人たちが中庭に積もった雪で雪合戦をしているのを横目に私は黙々とお昼ご飯の準備をしていた。

この冬にまたスノードームの中に入る機会があることを願う。

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